聖書とは、希望をあたえてくれるものです。不安なことが、安心にかわってゆきます。迷ったときにみる、地図のようなものです。「神さまは、こっちにきたら安全だよ」と教えてくださるのです。キリスト教の地図が聖書というものです。
聖書は、神さまのラブレターです。たとえどんなに遠く離れていても、その手紙をよむとき、
子どもたちやお母さんは、安心することができます。
「ちゃんと、あなたがたのことを思っているよ」
「困ったときは、こうしたら大丈夫だよ」
「何かあったら、こうやってお父さんに連絡してね」など、聖書には書かれています。
生きていると、色々なことがあります。辛いことや、不安なこと、困ったことがあります。
それでも、生きていかなくてはいけません。そんなときに、
どうしたらよいのか、お父さんは聖書に手紙を残しておいてくれています。
読んでいると、希望がわいてきます。旅に、聖書を持っていく人もいます。
それほど、聖書は、世界中の人から愛されている天のお父さんからのラブレターなのです。
聖書は一方的に教えを語っている書籍など誤解されがちです。聖書は確かに様々な教えが書かれていますが、私たちの困ったことを「聞いてくださる書籍」ともいえます。イエスは人と接するとき、
「何をしてほしいのか」と言われた。
マルコによる福音書 10:51 新共同訳
と一方的に語るのではなく、本人の気持ちを聞いています。優れた医者は患者の困ったことに丁寧にききます。今日も聖書は語るだけではなく、私たちに耳を傾けて聴いていてくださる書籍ともいえます。
自由に考え、多様な意見を尊重できますように。